リファレンス曲は、自分のミックスやマスターと並べて再生し、自分の曲に足りないものを聴き取るためのリリース済みの曲です。役に立つのは比較が公平なときだけです。作っている作品に近い音の曲を選び、聴く前にミックスとラウドネスを揃え、曲の同じ位置で2つを切り替えます。そのうえで、低域、ボーカルのレベル、明るさ、広がりと、一度に1つの点を聴きます。
リファレンス曲の役割
耳は聴いているものに慣れてしまいます。1つのミックスに1時間向き合うと、こもった高域も普通に聴こえてきます。リリース済みの曲は動かない基準なので、自分のミックスがどれだけずれたかを教えてくれます。
自分の曲を誰かの曲とそっくりにしようとしているわけではありません。キックが似たような作品のどれよりもずっと小さくないか、ボーカルがほかの人なら置かないほど数 dB 大きくないかを確かめているのです。
「リファレンスミックス」は、自分の前のバージョンを指すこともあります。今日のバウンスを昨日のものと比べるのもリファレンスで、悪くなった変更に気づけます。その方法はミックスとマスターを A/B 比較する方法を読んでください。
リファレンス曲の選び方
ミックスに最適なリファレンス曲は、有名な曲ではなく、自分の曲に近い曲です。次の点で確かめましょう。
- 同じジャンルとアレンジ。音数の少ないアコースティック曲は、密度の高いクラブトラックのリファレンスには向きません。楽器とアレンジの密度を合わせます。
- 近いテンポとキー。低いキーのゆっくりした曲と、高めのキーの速い曲では、低域のふるまいが違います。近いほど、ベースの比較から多くがわかります。
- 自分もそうなりたい音。ミックスが好きな作品を選びます。
- 手に入るいちばん良いファイル。低ビットレートのコピーではなく、購入した WAV や FLAC などロスレスのファイルを使います。高域が失われたファイルでは、明るさを見誤ります。
リファレンスは2、3曲で十分です。それより多いと、互いに食い違う曲を平均するようになり、セッションがプレイリストになってしまいます。各曲から、自分が作業している部分に対応する部分を選びます。サビには相手のサビを、ブレイクダウンには相手のブレイクダウンを合わせます。
マスタリングのリファレンス
マスタリングでも同じルールが当てはまり、確かめることが1つ増えます。リファレンスの音圧をまねる前に、その大きさとトゥルーピークを確認しましょう。リリースされたマスターの多くは、Spotify がノーマライズする −14 LUFS よりずっと大きく、ノーマライズがオンなら Spotify はそのレベルまで下げます。大きいマスターが得をすることはなく、静かなマスターと同じレベルで、残るダイナミックレンジが少ないまま再生されます。
聴く前にラウドネスを揃える
リリースされたマスターは、ふつう制作中のミックスより大きいものです。ミックスがインテグレーテッドで −18 LUFS、リファレンスが −9 LUFS なら、リファレンスは 9 dB 大きく鳴り、それだけの理由で厚く明るく聴こえます。ISO 226 の等ラウドネス曲線が示すように、耳は音量が小さいと低域と高域を感じにくくなります。約 1 dB の差でも比較は偏ります。
だからリファレンスをミックスまで下げます。ミックスをリファレンスまで上げてはいけません。クリップするか、音を変えてしまうリミッターに突っ込むからです。両方のファイルのインテグレーテッド LUFS を測り、大きいほうをその差だけ下げます。上の例なら、リファレンスを 9 dB 下げます。
インテグレーテッド LUFS はファイル全体を測るので、静かなイントロが長いリファレンスは、サビの聴こえ方より低い値になることがあります。詳しくはレベルマッチのガイドで解説しています。
聴くポイント
1回につき1つの点を聴きます。すべてを一度に判断しても、曲が違うということしかわかりません。
- 低域。キックとベースはほかに比べてどれくらい大きいか。どちらが上にいるか。
- ボーカルのレベル。リードボーカルは音楽の上にいるか、中にいるか、後ろにいるか。制作中のミックスでは、ボーカルが数 dB 小さすぎたり大きすぎたりすることがよくあります。
- 明るさ。自分の高域はリファレンスより耳に痛いか、こもっているか。シンバル、ボーカルの「s」の音、スネアのアタックを聴きます。
- 全体のトーンバランス。一歩引いて、ミックス全体を1つの形として聴きます。各パートが整っていても、全体として重かったり薄かったりすることがあります。確かめ方はトーンバランスのガイドで解説しています。
- 広がりとダイナミクス。パッドはどれくらい広いか、サビは A メロよりどれくらい大きいか。
曲の同じ位置で、短い間隔で切り替えます。リファレンスを30秒聴いてから自分のミックスの頭に戻ると、片方の記憶ともう片方の音を比べることになります。数秒ごとに同期して切り替えれば、その間がなくなります。
聴こえたことを書き留め、1つだけ変えてもう一度聴きます。自分の低域がリファレンスより重く聴こえるなら、スペクトラムアナライザーでどの帯域が原因かがわかります。
DAW でのリファレンス曲の使い方
Ableton Live、Logic Pro、FL Studio、Pro Tools、Reaper のどれでも、リファレンスの扱い方はほぼ同じです。メニューは違っても、設定は同じです。
- リファレンスを専用のトラックに置く。ファイルをセッションに読み込み、同じ区間が同時に鳴るように自分の曲と位置を合わせます。
- マスターバスの処理を通さない。ミックスバスにコンプ、EQ、リミッターが挿さっているなら、リファレンスはそれを通すべきではありません。リファレンスのトラックはマスターチェーンを迂回して、出力に直接ルーティングします。そうしないと、自分の処理を通したリファレンスを聴くことになります。
- トラックでレベルを下げる。リファレンスのトラックのフェーダーかゲインプラグインで、ミックスのラウドネスまで下げます。ラウドネスメーターで、両方のインテグレーテッド LUFS が同じになったことを確かめます。
- ミュートやソロで切り替える。リファレンスをミュートしてミックスのミュートを外すか、片方ずつソロにします。1つのキーで切り替えられる DAW やプラグインもあり、短くこまめな切り替えが楽になります。
DAW でリファレンスを使う利点は速さです。ミックスへの変更を、バウンスせずにすぐリファレンスと聴き比べられます。欠点は、ミックスしている部屋とスピーカーで聴いていることです。耳がすでに慣れてしまった環境です。
スマホでバウンスをリファレンスと比べる
スマホでバウンスをリファレンスと比べると、別の問いに答えが出ます。DAW では「このミックスは正しい方向に進んでいるか」を問います。スマホでは「完成したファイルは、人が聴く場所で通用するか」を問います。送るつもりのバウンスそのものを、スタジオのモニターから離れて、イヤホン、ヘッドフォン、Bluetooth スピーカー、車で聴きます。
ルールは同じで、ラウドネスを揃えて同期して切り替えます。ABSeq は iPhone と iPad でその両方を行います。バウンスと最大3曲のリファレンスをトラック A から D に読み込むと、Auto Gain がすべてのトラックを最も小さいトラック、たいていは自分のミックスのインテグレーテッドラウドネスまで下げます。そのうえで A/B キーが、曲の同じ位置のまま次のトラックに切り替えます。各タイルにはインテグレーテッド LUFS とトゥルーピークも表示されるので、揃える前にリファレンスがどれだけ大きかったかもわかります。

DAW で変更してバウンスし、そのバウンスをスマホで同じリファレンスと比べます。問題が消えて新しい問題が出ていなければ、その変更を残します。
よくある質問
ミックスでのリファレンス曲の使い方は?
ジャンル、アレンジ、テンポが自分の曲に近いリリース済みの曲を2、3曲選びます。ミックスのインテグレーテッドラウドネスまで下げ、曲の同じ位置で、数秒ごとにミックスとリファレンスを切り替えます。低域やボーカルのレベルなど1回につき1つの点を聴き、変更も1つずつ行います。
Ableton、Logic Pro、FL Studio でのリファレンス曲の使い方は?
どれも方法は同じです。リファレンスを専用のトラックに読み込んで自分の曲と位置を合わせ、マスターバスの処理を通らないよう出力に直接ルーティングし、ミックスのラウドネスまで下げて、ミュートかソロで切り替えます。DAW ごとに違うのはメニューだけです。
リファレンス曲の選び方は?
ジャンル、アレンジ、テンポ、キーが自分の曲にいちばん近く、ミックスが好きで、ロスレスのファイルがある曲です。スタイルの違う有名な作品より、作っている曲に近い音の無名の曲のほうが多くを教えてくれます。
リファレンスミックスとは?
リファレンスミックスは、自分の作業と比べる完成したバージョンのことです。ふつうは同じスタイルのリリース済みの曲を指しますが、自分の前のバウンスもリファレンスになり、それと比べると変更でミックスが良くなったか悪くなったかがわかります。
マスターの音圧はリファレンス曲に合わせるべきですか?
比べるあいだはレベルを揃えますが、とても大きいリファレンスの音圧を理由なくまねる必要はありません。Spotify はデフォルトで −14 LUFS にノーマライズし、それより大きいマスターを下げるので、大きいマスターは同じレベルで、残るダイナミックレンジが少ないまま再生されます。