ミックスを A/B 比較するには、同じ曲の2つのバージョンを同期再生し、ラウドネスを揃え、曲の同じ位置で切り替えます。短い区間を聴き、一度に1つの点を判断し、どのファイルがどれかを確かめる前に決めます。いちばん大事なのはラウドネスを揃えることです。約 1 dB 大きいだけのバージョンが、大きいという理由だけで勝つことがあります。

ミックスの A/B 比較とは

A/B 比較は、1か所だけ違う2つのバージョンを比べます。ミックスの2つのリビジョン、ミックスとそのマスター、同じミックスの2つのマスター、自分のミックスとリファレンス曲などです。A を聴いて B に切り替え、ボーカルのレベルやキックの重さなど、特定の点でどちらが良いかを決めます。

この比較が成り立つのは、切り替えが一瞬で、曲の同じ位置に着地するときだけです。A を止めて B を開き、頭から再生すると、A のサビの記憶と B のイントロを比べることになります。小さな違いは、その間に消えてしまいます。

ファイルを準備する

  1. 両方のバージョンを同じ開始位置からバウンスします。各ファイルの最初のサンプルが、曲の同じ瞬間になるようにします。
  2. ミックスの判断を比べるときは、ロスレスのファイル(WAV、AIFF、FLAC)を使います。片方が MP3 でもう片方が WAV だと、ミックスだけでなくエンコーダーも比べることになります。
  3. できればバージョン間で変えるのは1か所にします。B でボーカルのレベルとバスコンプの両方を変えると、B が勝ってもどちらの変更が効いたのかわかりません。
  4. 結果で見分けられるようにファイルに名前を付け、聴いているあいだは名前を見ないようにします。

位置が揃っているかは、ドラムの一打をループして、そこで切り替えると確かめられます。音がずれて二重に聴こえるなら、ファイルの位置がずれているので、同じ開始位置からバウンスし直します。

まずラウドネスを揃える

耳は、音量が小さいと低域と高域を感じにくくなります。これは ISO 226 に示された等ラウドネス特性で、フレッチャー・マンソン曲線とも呼ばれます。音量を上げると、そのバージョンは厚く明るく聴こえます。約 1 dB の差でも比較は偏るので、静かなほうのバランスが良くても、大きいミックスが勝ちがちです。

ピークレベルではなく、LUFS のインテグレーテッドラウドネスで揃えます。2つのマスターがどちらも −1 dBTP でピークを打っていても、片方のほうが強くコンプレッションされていれば、数 LU 離れていることがあります。各ファイルのインテグレーテッド LUFS を測り、大きいファイルをその差だけ下げます。マスターが −9 LUFS、ミックスが −11 LUFS なら、マスターを 2 dB 下げます。

静かなファイルを上げるのではなく、大きいファイルを下げます。下げるならクリップの心配はありません。方法の詳細は、3つのファイルを使った計算例とあわせてレベルマッチのガイドで解説しています。

ABSeq では Auto Gain がこの手順を行います。各ファイルのインテグレーテッドラウドネスを測り、すべてのトラックを最も小さいトラックまで下げ、上げることはありません。ヘルプガイドで Auto Gain がレベルを揃える仕組みを説明しています。

iPhone の ABSeq で曲の2つのバージョンを同期再生している画面。A/B キーと、各トラックの LUFS と dBTP の表示
2つのバージョンを同期再生。A/B キーで曲の同じ位置のまま切り替わります。

短い区間を同期して切り替える

1サビなど区間を1つ選んでループします。A を数小節聴いて切り替え、B の同じ小節を聴きます。それからまた戻します。同期プレーヤーは両方のバージョンを再生し続け、聴こえるほうだけを変えるので、切り替えは途切れも頭出しもなくフレーズの途中に着地します。

こまめに切り替えましょう。長く聴いていると耳はそのバージョンに慣れてしまい、違いがいちばんはっきりするのは切り替え直後の数秒です。サビで効いた変更が静かなパートを損なうこともあるので、Aメロやドロップでも同じ比較を繰り返します。

シーケンサーに拍で切り替えさせる方法もあります。120 BPM で1小節ごとに切り替えると、各バージョンを2秒ずつ繰り返し聴けて、手も目も空きます。ABSeq のシーケンサーは、設定したテンポかトラックから検出したテンポで、1/32 から 1/1 までの任意の分割で切り替えます。

一度に1つの点を聴く

再生する前に何を確かめるかを決め、書き留めます。よくある問いは次のとおりです。

  • ボーカルはスネアの上に乗っているか、ぶつかっているか。
  • キックとベースの両方が低域で聴き取れるか。
  • サビは A メロより広がっているか。
  • シンバルやボーカルの「s」の音が耳に痛くないか。

1回聴くごとに、その問いでどちらが勝ったかを記録します。ボーカルでは勝ち、低域では負けるバージョンもあります。B のどの部分を A に持ち帰ればよいかがわかるので、その結果は役に立ちます。

リファレンス曲を加える

両方のバージョンが同じ方向に間違っていることもあります。たとえば、どちらも暗すぎる場合です。同じジャンルの市販曲を同じラウドネスに揃えて並べれば、それがわかります。リリースされたマスターは制作中のミックスよりずっと大きいことが多いので、ここではラウドネスを揃えることがさらに大事です。選び方と聴くポイントはリファレンス曲のガイドで解説しています。

どちらか知っていることによる先入観をなくす

どのファイルが新しいリビジョンか、お金を払ったほうかを知っていると、そちらが良く聴こえがちです。切り替えるあいだ目を閉じる、誰かに切り替えてもらう、またはブラインドテストを行いましょう。

ブラインド A/B テストは、両方のバージョンから同じパッセージをシャッフルした順で再生し、名前は最後にだけ表示します。10ラウンドのうち9回同じバージョンを選んだなら、偶然とは考えにくいでしょう。5対5に近く割れたなら、どちらかを好むには差が小さすぎます。

複数の環境で確かめる

スタジオのヘッドフォンで勝った変更が、低域がほとんど出ないスマホのスピーカーや、走行音で細部が埋もれる車内では負けることがあります。決める前に、重要な比較を2つか3つの環境で繰り返しましょう。スタジオの外で聴くポイントはカーチェックのガイドで解説しています。

よくある失敗

  • ラウドネスが違うまま比べて、大きいほうが勝つ。
  • 同期して切り替えずに、各バージョンを曲の頭から再生し直す。
  • A と B のあいだで複数の点を変えて、どの変更が効いたのかわからなくなる。
  • WAV のミックスと、もう一方のミックスの MP3 を比べる。
  • 大音量で何時間も聴く。長く大きな音で聴くと耳が疲れて小さな違いがぼやけるので、休憩をとり、音量はほどほどにしましょう。

よくある質問

2つのミックスを A/B 比較するには?

両方のミックスを同じ開始位置からバウンスし、インテグレーテッド LUFS を測って大きいほうを下げて揃え、同期再生して曲の同じ位置で切り替えます。区間を1つループし、何を聴くかを決めて、数小節ごとに切り替えます。

A/B 比較は同じ音量で行うべきですか?

はい。耳は音量が大きいほど低域と高域をよく感じるので、約 1 dB 大きいバージョンは厚く明るく聴こえて勝ちがちです。判断する前にインテグレーテッド LUFS で揃え、静かなほうを上げるのではなく大きいほうを下げます。

自分のミックスとリファレンス曲を比べるには?

同じジャンルのリリース済みの曲を選び、自分のミックスのインテグレーテッドラウドネスまで下げて、両方を同期再生します。ボーカルのレベルや低域など一度に1つの点を比べ、リファレンスはまねる音ではなく、バランスを確かめる基準として使います。

A/B 比較では各バージョンをどれくらい聴けばよいですか?

それぞれ数小節ずつ聴いて、こまめに切り替えます。長く聴くと耳は再生中のバージョンに慣れてしまい、違いがいちばんはっきりするのは切り替え直後の数秒です。120 BPM なら、各バージョン1小節は2秒です。

ミックスとそのマスターを A/B 比較できますか?

できますが、まずラウドネスを揃えます。マスターはふつうミックスより大きいので、揃えないと音量だけで勝ってしまいます。マスターをミックスのインテグレーテッド LUFS まで下げてから、マスタリングで音色、広がり、ダイナミクスがどう変わったかを判断します。